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Channel: 新井信介 「京の風」バックナンバー
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「天皇」とは、全てのイノチと繋がる、大元の光。いい現実をつくるため、「最高の自分」を生きよう。

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 資本の論理で「雇用」を最高善として捉えた時、そこに、如何に安く優秀な人材を供給するか、がいつの間にか、国家の最優先政策になってしまった日本。 それ以上に、官庁の役職が固定身分になっていた日本。

 役人は特権階級で、それ以外の人間は、企業が利益を出すための単なる道具なのか?

 人間は、現実を作り出す、創造性の塊りのはず です。その創造性とは、本来、とてつもなく大きいもので、実際に諸処に美しい現実を作り出すのは、これを体現する現場の人間です。ここを、押しつぶしていたら、未来に、彩り豊かな現実がうまれない。そうした事態が、現実におきてしまった世界が李氏朝鮮のときにありました。

 パソナの経営陣の周囲にあつまった人間たちが、一体、この20年間、何をしてきたのか?

 少なくともこれだけは、断言できる。

 日本列島で生まれる果実を、奪いに来たが、自分では、果実を生み出せない人間だ と。

 1300年間にわたる日本国家の成果を、どこからか集まってきて、いっしょに、しゃぶろうとするばかりの人間。

 自分で、なんら、現実的豊かさ(これはマネーじゃない。文化性)を 生み出していない。生み出せない。 

 なぜか?

 本当の「日本」(キリストに通じる)を知らないから。 縄文から続く、イノチのヒビキ合い を知らないから。

 権力が作り出した「人間社会」の枠の中での、優劣でしか、自分の幸不幸を確認できない、歪な精神だから。

 それが、「風林」だって。 

 イノチのヒビキから離れた、形骸化された儒教が放つ乾いた腐臭に、笑いすらおきない。 

 それに対し、

 5月21日に起きた二つの事案。

 陛下の足尾鉱山の訪問。 そして、 福井地裁の「人格権」判断。 どれほど血が通っているか。

 自分の心が萎えそうになったとき、この二つの事案を思うと、勇気付けられ、芯が戻ります。

 私が、今年、2月6日に、本欄に書いたことを、もういちど、上げておきます。

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天皇の存在を、日本国民の感情を単一化させる統治システム と、その機能を捉えると、いろいろ見えてくる。

 天皇は、現在の日本では、世俗の権力を裏付ける権威となっているが、

  この権威の実像を検証できない人が、進んで、天皇のために、死ね、とか、死のう、という。

 天皇の権威の中に、根源的紐帯・全一感を踏まえた、自己の内発的創造性 と通じるものを理解する人間は、

   絶対に、他者に対し、死ね、とは言わない。 そして、自分の世界を創り出す。

 創造の前には、必ず、想像があります。

  そして、その想像を、より、明確化し、自覚し、行動を促すには、

 言葉による、認識が必要です。

 私には、天皇のために死ね、という人間は、 自らの人間としての可能性を拒否する、

  極めて、未熟な思考の人間としか思えません。

 私だったら、 天皇のために、最高の自分を生きよ、そして、自分の世界を創れ、 といいます。

 そして、この場合、天皇とは、701年の大宝律令で完成した日本国の天皇ではなく、

   全てのイノチと繋がる 大元の光 を最も濁りなく発する、人間の魂 を言います。

 私は、それを、縄文時代のヌナカワヒメと、感じています。

 ここまでの認識があれば、 東アジアの対立は、すぐに、消滅します。

 しかも、日本の名誉は保たれます。それ以上に、より、輝きを増します。

  内発的創造性 INNER INITIATIVE . は、 人間であれば、誰でも持っているものです。

 (注: これが、シュタイナーのいう「キリスト性」です。これは植田信さんから学んだ。)

 1300年前、不比等は、これを発揮して、今の日本国の枠組みを作り出しました。

 しかし、それは、もう耐用年限が過ぎました。 その現実的表れが、 原発システムへの拘泥です。

 不比等の血は、この意味を知っています。そして、現実(オンカロ)を見た人間も、すぐにわかります。

 しかし、明治にできた虚構の天皇像で固められた国家利権(田布施システム)の中で、戦後も甘やかされて育ったボンボンたちと、お受験エリートは、 この認識ができない。

 そして、自分で、自分の世界を創る可能性を実感できない人間は、いつまでたっても、システムの枠の中でしか、自分の存在を感知できない。

 死を意識しないと、生は輝かないが、 それは、誰かのための、生であってはならない。

 誰からも愛される、自分自身の世界 を生きる。 皆がこう生きる。 これが私の目標です。


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